医師や歯科医師は、人々の生命と健康を預かる責任の大きい職業であり、その行動には常に法令遵守と高い職業倫理が求められます。そのため、故意または過失により医療ミスや不正行為、法令違反などが生じた場合には厚生労働大臣による行政処分の対象となることがあります。行政処分には、医師・歯科医師免許取消、3年以内の業務停止、戒告があり(医師法第7条、歯科医師法第7条)その重さは行為の重大性や社会的影響によって慎重に判断されます。
行政処分の目的は、単に過ちを罰することではありません。そこには、医療事故や不正行為の再発を防ぎ、国民の医療安全を守るという大きな意義があります。行政処分を受けた医師や歯科医師は、その後のキャリアにも深刻な影響を受けます。医療機関や地域社会からの信頼が揺らぎ、再就職の道が険しくなることも少なくありません。まして免許取消に至れば、その影響はさらに深刻で、専門職としての人生を根本から見直さざるを得なくなります。行政処分は表面的なニュースでは語り尽くせないほど、当事者にとって重くのしかかるものです。
日頃から法令遵守と高い倫理観を持って診療に臨むことこそが、国民から信頼される医療提供者としての基盤となります。医師や歯科医師には、自らの責任と社会的使命を改めて受け止め、適正かつ誠実な医療の提供に努めることが期待されています。そして万が一、不測の事態に直面したときには、早期の真摯な対応と再発防止への取り組みが自らを立て直す第一歩となります。行政処分という制度を正しく理解することは、医療に携わるすべての人にとって、自らの職務を振り返り、より良い医療へと歩むための大切な契機になるはずです。
厚生労働大臣が行政処分をするには、あらかじめ医道審議会の意見を聴かなければならないと
されています。
医道審議会医道分科会は「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」として次の
ように判断基準を示しています。
基本的考え方:司法処分の量刑を参考に医師・歯科医師に求められる倫理に反する行為には厳しく判断
事案別考え方:下表のとおり
| 事 案 | 具 体 例 | 行政処分の程度 |
|---|---|---|
| 医師法、歯科医師法違反 | 無資格医業、無資格歯科医業の共犯、無診察治療等 | 医師、歯科医師自らが医師法又は歯科医師法に違反する行為は、その責務を怠った犯罪として重い処分とする。 |
| 保健師助産師看護師法等その他の身分法違反 | 無資格者の関係業務の共犯等 | 医師、歯科医師自らが医療に関する基本的な法令に違反する行為は、当然に果たすべき義務を怠った犯罪として医師法、歯科医師法違反と同様に重い処分とする。 |
| 医療法違反 | 無許可開設の共犯等 | 医師、歯科医師自らが同法令に違反することは、国民の健康を危険にさらす行為であることから重い処分とする。 |
| 薬事法違反 | 医薬品の無許可販売又はその共犯等 | 医師、歯科医師自らが同法令に違反することは、国民の健康を危険にさらす行為であることから重い処分とする。 |
| 麻薬及び向精神薬取締法違反、覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反 | 麻薬、向精神薬、覚せい剤及び大麻の不法譲渡、不法譲受・所持、自己施用等 | 医師、歯科医師として麻薬等の薬効の知識を有し、その害の大きさを十分認識しているにも関わらず、自ら違反したということに対しては重い処分とする。 |
| 再生医療等の安全性の確保等に関する法律違反 | 再生医療等提供計画を提出しないで再生医療の提供を行った場合等 | 医師、歯科医師自らが同法令に違反することは、国民の生命及び健康に影響を与えるおそれがあることから、医師法又は歯科医師法に基づく行政処分を行うこととする。 |
| 殺人及び傷害 | 殺人、殺人未遂、傷害(致死)、暴行等 | 殺人、傷害致死といった悪質な事案は当然に重い処分とし、その他の暴行、傷害等は、医師、歯科医師としての立場や知識を利用した事案かどうか等を考慮して判断する。 |
| 業務上過失致死(致傷) | 交通事犯(業務上過失致死(傷害)、道路交通法違反等) | 基本的には戒告等の取り扱いとするが、医師、歯科医師としての倫理が欠けていると判断される場合には、重めの処分とする。 |
| 医療過誤(業務上過失致死(傷害)等) | 医師、歯科医師として通常求められる注意義務が欠けているという事案については重めの処分とする。 | |
| 猥せつ行為 | 強制猥せつ、売春防止法違反、児童福祉法違反、青少年育成条例違反等 | 医師、歯科医師としての立場を利用した猥せつ行為などは、国民の信頼を裏切る悪質な行為であり重い処分とする。 |
| 贈収賄 | 収賄罪、贈賄罪等 | 医師としての地位や立場を利用した事犯など悪質と認められる事案は重めの処分とする。 |
| 詐欺・窃盗 | 詐欺罪、詐欺幇助、同行使等 | 医師、歯科医師としての立場を利用して虚偽の診断書を作成、交付するなどの方法により詐欺罪に問われるような行為は、医師、歯科医師の社会的信用を失墜させる悪質な行為であるため重い処分とする。 |
| 文書偽造 | 虚偽診断書作成、同行使、虚偽有印公文書偽造等 | 医師、歯科医師としての立場を利用した事犯等悪質と認められる事案は重めの処分とする。 |
| 税法違反 | 所得税法違反、法人税法違反、相続税法違反等 | 診療収入に係る脱税など医業、歯科医業に係る事案は重めの処分とする。 |
| 診療報酬の不正請求等 | 診療報酬不正請求(保険医等登録取消) | 悪質性の高い事案を除き、不正の額の多寡に関わらず一定の処分とする。 |
| 検査拒否(保険医等登録取消) | 職業倫理から到底許されるべきでないことから、より重い処分を行うこととする。 | |
| 各指定医の指定取消等の処分理由となった行為 | 精神保健指定医、難病患者医療法に基づく指定医、児童福祉法に基づく指定医等 | 指定医の指定取消、これに準ずる処分を受ける行為については、事案の悪質性や注意義務の程度等を考慮して判断する。 |
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